太田に訊け

『太田茂の40年史』TOP SIDER/J.PRESS/GRENSON/CP COMPANY /SANFRANCISCO COMPANY…本物を追求した45年の記録

2026年4月14日

 

私のブログのなかで、意外と人気のある『 太田茂の40年史 』。 過去の記事などを少しまとめて、書いてみたいと思います。

 

 

雑誌の記事にインスパイアされて書き始めたこのシリーズ。
今回は最初のVol.1からVol.6までをざっと振り返ってみようかなと思います。

読み返してみると、我ながら「相当な洋服バカだったんだな」と呆れると同時に、
当時の熱量が昨日のことのように思い出されて、
なんだかニヤニヤしてしまいます。

 

 

中学3年生、最初の本物「TOP-SIDER(トップサイダー)」との出会い

僕のこの長い「洋服地獄」の旅、その記念すべき第一歩は中学3年生の時に手に入れたTOP-SIDER(トップサイダー)のスニーカーでした。

中学生だから、さすがに本格的な革靴なんて手は出せなかったけれど、このキャンバス地のスニーカーこそが、僕にとって「一番アメリカを感じさせてくれたアイテム」でした。今でもよくできたレプリカを見つけるとつい買っちゃうんですが、やっぱり40年前のアメリカ製が放つオーラっていうのは、今見ても本当にカッコいい。サイズが小さくてもう履けないけれど、僕の人生における「最初の本物」として、今でも大切に手元に置いてあります。15歳くらいだったから、こちらは45年物ですね。

この後すぐにアメリカ製のトップサイダーはなくなってしまった記憶があります。

 

アイビー少年の憧れ、J.PRESS(Jプレス)のネイビーブレザー

高校生になると、アイビー(IVY)少年としての情熱はいよいよ本格的なものになっていきました。その象徴が、アルバイト代と祖母からもらったお小遣いを全部つぎ込んで買ったJ.PRESS(Jプレス)のネイビーブレザー。

日本上陸10周年の限定モデルで、普通のラインよりもかなり高価でしたが、あの金ボタンとカシミヤ混の紺地の質感には、やられました。本当はシャツもRalph Lauren(ラルフローレン)あたりでバシッと決めたかったんですが、そこまで予算が回らなくて*AVON HOUSE(エーボンハウス)のカジュアルブランド「オーヘンリー」のオックスボタンダウンをこれに合わせておりました。

このブレザー、実は限定品でして、抽選だったんです。本当は同じエンブレムが付いたトレーナーを抽選で申し込んだはずだったのに、
なぜかお店に行ったら「ブレザー当たったよ」と言われ、怖くて何も言えずに購入したんです。
当時のメンズショップの店員さんって、今の僕が言うのもなんですが、本当に怖かったんですよ(笑)。

数年後にまさかそのお店で自分が働くことになるなんて、人生わからないものですな。

 

高校生で知った英国靴の真髄、GRENSON(グレンソン)

靴に関しても、僕は相当に生意気な高校生でした。高校に入ってすぐにG.H.BASS(ジーエイチバス)のローファーを買ったんですが、
いつも入り浸っていたショップに、とんでもない靴が置いてあった。それが英国の老舗GRENSON(グレンソン)の靴でした。

高校2年生で、当時4万9千円もした靴を2足も持っていたんだから、そりゃあ親にもひどく怒られたものです。

でも、その時買ったグレンソンのローファーやドレスシューズを通じて「本格的な英国靴」の美しさを知ったことが、今の僕の靴好きの原点になっているのは間違いない。40年以上経ってもなお輝きを失わないその姿を見るたびに、「やっぱり本物はいいな」と確信させられます。

 

イタリアンカジュアルへの傾倒とC.P. Company(C.P.カンパニー)

高校生活が進むにつれて、僕の興味はバリバリのアメリカン・アイビーから、少しずつ「洒落た大人」が着ていたイタリアンカジュアルへと移っていきました。

当時、憧れの眼差しで見ていたのがC.P. Company(シーピーカンパニー)。
でも、高校生には高嶺の花すぎて、なかなか手が出せなかった。そんな時に見つけたのが、その別ブランドだったBonneville(ボネビル)です。
バイトを死ぬほど頑張って手に入れたコーデュロイのパンツ。

それまでのノータックのチノパンから、少し太めのパンツへとスタイルがガラッと変わったのがこの頃でした。

人生を変えたSan Francisco Company(サンフランシスコ・カンパニー)

そして、僕をアイビー少年から完全に卒業させ、イタリアの服の深みに引きずり込んだ決定的な出会いがSan Francisco Company(サンフランシスコ・カンパニー)でした。

高校1年生の冬にこのブランドに出会って、完全にノックアウト。イタリアから見たアメリカンカジュアルやワークウェア。
あの独特の雰囲気……。デニムシャツや太めのチノパン、凝った作りのミリタリーアウター。欲しいものだらけで、本当に大変でした。

このブランドがきっかけで、イタリアの他のブランドも好きになり、数年後には代理店だったインターブリッジに入社しちゃったくらいなので、
僕の人生への影響力は計り知れないですね。
残念ながらインターブリッジ社は数年前になくなってしまいましたが、独立してお店をはじめてからは本当にお世話になりました。
インターブリッジがなければREUNIONはなかったと思います。

因みに、店名の「REUNION」はインターブリッジの社長の命名です。

そしてこのサンフランシスコ・カンパニー、デザイナーのロマーノ・リドルフィ氏とは今でも繋がっていて、
REUNIONで彼の商品を扱わせてもらっています。
高校生の時に憧れたデザイナーと、今でもこうして仕事ができている。
これこそが、洋服屋を続けていてよかったと思える最高の幸せです。
そして先日のイタリア出張ではフィレンツェの彼のショップを訪れてお会いすることも出来ました。

ただのオッサンのようですが、この方こそイタリアンカジュアルの巨匠なんです。
あまりブレイクしないっていうのも職人ぽくっていいですね。

 

根底に流れ続ける「トラッドマインド」とKENT(ケント)の守り神

高校3年生くらいになるとトラッド系のブランドはほぼ買わなくなりましたが、僕の根底には今でも脈々と「トラッドマインド」が流れ続けております。

それを象徴するのが、お店の奥にひっそりと置いてある1970年代のKENT(ケント)のパブミラー。

少年だった僕を可愛がってくれたメンズショップから引き継いだお宝です。
最新のイタリアンウェアと並べることはないけれど、こうしたクラシックなマインドを大切に持ち続けているからこそ、
REUNIONのスタイルがあるのだと思っております。

中学時代のトップサイダーから始まった僕の旅。高校卒業の頃にはさらに「フレンチトラッド」という深い沼が待っているのですが、
そこから先はまた。たっぷりと時間をかけてお話ししていこうと思います。

本物を追い求め、失敗もしながら走り抜けてきた40数年。続きも楽しみにしていてくださいね。

 


 

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